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こうじマガジン NO.943

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≪2026年05月27日から2026年06月01日までのダイアリー≫

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■□□■□□■□□■【 目 次 】 ■□□■□□■□□■

◇ロートレックとミュシャ パリ時代の10年
◇産業競争力強化・人手不足対策特別委員会
◇小野晋也氏セミナー二日目
◇小野慎也氏セミナー三日目
◇西部建設事務所 南区関連分

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●●●2026年05月27日●●●

<ロートレックとミュシャ パリ時代の10年>

久しぶりに県立美術館に行きました。
開催中の特別展が5月31日(4月2日~)まで
だったので、時間を見つけて今日行ってきました。
ずっと頭にあったのはこの「パリ時代の10年」
というのは日本でいうとちょうど明治維新の
ころになります。
ムーランルージュやベルエポック、ネッスルや
モエ・シャンドン、今も残るビッグネームです
が、この頃からスタートしています。
日本では明治維新後の大混乱、パリ万博で西洋
文化に衝撃を受けるわけですが、当時の文化の
最先端を行っていたのがロートレックと
ミュシャ、だそうです。
商業用のポスターですから、時代背景を色濃く
反映していると思います。
外はあいにくの雨でしたが、縮景園に隣接した
美術館の素晴らしさ、満喫できたと思います。


●●●2026年05月29日●●●

<産業競争力強化・人手不足対策特別委員会>

今日は10時半から特別委員会に出席しました。
特別委員会の任期は2年ですので、今年度一杯、
任期一杯の所属となります。
今年度はテーマを定めて取り組みを進めたいと
思っています。

午後からは一路名古屋へ。
松下政経塾の先輩、1期生小野晋也さん主催の
セミナーに参加します
(第7回・若葉書院マグマ墳火口セミナー)。
このセミナーに参加している私と同期の山﨑君
から、「小野先輩はすごいぞ!」とのことで
私も久しぶりにお話を聞きたくなりました。
テーマは、「日本の戦国時代・そしてその乱世
を生きた三英傑(織田信長・豊臣秀吉・
徳川家康)の足跡と生き様・考え方」です。
午後14時半から約3時間にわたってまず小野先輩
の講義です。
ポイントは、戦国時代は現代社会と重なり合う
部分が多いこと、今の愛知県が三英傑のみならず
三百諸侯の人材輩出県であったこと
(約7割を占める)、時代を画する決戦場、
桶狭間と長篠の地に実際に立ってみること、です。
二泊三日大いに学んで行きたいと思います。


●●●2026年05月30日●●●

<小野晋也氏セミナー二日目>

朝8時過ぎに名古屋駅近くの東横INNを出発、
約40名でバスで移動します。
この日の行程を列挙すると、
9時に清洲城、
10時に名古屋城、
11時に中村公園
(豊国神社、豊臣ミュージアム等)、
13時半に徳川美術館、
15時に熱田神宮、
16時に桶狭間古戦場公園、
18時前にホテル着、でした。

メインは桶狭間です。
「信長による奇襲戦での勝利」が強調され太平洋
戦争時も圧倒的な物量を誇る連合軍に対する
精神的主柱となった決戦です。
信長は清洲城を早朝に出陣し、熱田神宮で陣を
立て直し、今川義元の本陣がどこにあるかを懸命
に探し、その位置と輿に乗っているという情報を
いち早く察知、突然の暴風雨も幸いして本陣を
急襲することができた、という背景があります。
「運を天に任せ、一気に行動する」胆力が最も
重要だと言えますが、その行動は非常に冷静に
状況判断を行い、索敵に関する緻密な策を用意
していたということも言えます。
その決戦の地に立てたことは、感慨深い経験でした。
もう一つこのセミナーの特徴は約40名の参加者の
皆さんそれぞれが大変なエネルギーを持ち、
それぞれの現場で第一線で活躍されている方々
だ、ということです。
年齢はほとんどが私以上の集団で、久しぶりに
若手の参加者という雰囲気を味わいましたが、
本当にエネルギーレベルの高い参加者集団で、
懇親会においても多くの刺激をいただき、
たくさんの学びを得ました。
さすが小野晋也先輩の活動を長年支えてこられた
方々だと感激した次第です。


●●●2026年05月31日●●●

<小野慎也氏セミナー三日目>

セミナー最終日です。
8時前にホテルを出発、
9時に松平郷、
10時に大樹寺、
11時に岡崎城、
13時半に豊川稲荷、
14時過ぎに長篠・設楽原古戦場、
17時に名古屋駅で解散、という日程でした。

メインは長篠です。
実際に古戦場に立ってみて、武田軍1万5千、
織田・徳川連合軍3万8千が目の前の設楽原で
本当に戦ったのか、と思うほど狭い谷間の空間でした。
何より意外だったのは戦死者が1万5千人に
のぼっていたことです(武田軍9000、連合軍6000)。
この戦いは織田信長が鉄砲3000丁を揃え、
たまこめにかかる約30秒を稼ぎ出すために
3段がまえの陣をとって、その前に馬防柵を
築いたこと、そして武田軍自慢の騎馬隊がそこに
向け突進し、まんまと鉄砲の餌食になったこと、
まさに鉄砲の登場で戦争の形が変わった革命的な
戦いだったというのが今までの印象でした。
しかし戦いは6時間以上に及び、連合軍の戦死者
も多く、そんなにあっけなく決着のついた戦いで
はなかったのは意外でした。
さらに三段構えの陣はなかったことや、武田の
騎馬隊もなかったのではないか、という説も
あり、実際の戦いは違った様相で、後世になって
捏造された歴史という側面もあるのではないか、
つまり武田軍にも十分に勝機はあったのではない
か、という疑問を持ちました。
450年も前の戦ですから確かめようもありません
が、真相に迫るために知見を深めてみたいと
思っています。


●●●2026年06月01日●●●

<西部建設事務所 南区関連分>

広島県の土木建築局関係の予算のうち南区関連分
の説明がありました。
河川事業が、猿猴川分が2.7億円
(繰越が2.2億円)、
砂防事業が、向洋新町及び似島家下で1.7億円
(繰越が0.8億円)、合計で4.4億円
(繰越3.0億円)となっています。
さらに港湾振興事務所分の予算がありますので、
またアップしたいと思います。


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広島県議会議員(南区)
松下政経塾出身

中原 好治